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福岡高等裁判所 昭和37年(う)789号 判決

被告人 吉田義勝 外七名

主文

被告人吉田義勝、同中島知博、同原口豊、同川畑昭二路、同平田勝及び同柳田末雄の本件各控訴を棄却する。

原判決中被告人越智完司及び同林田勝文関係部分を破棄する。

右被告人両名を各懲役八月に処する。

但し被告人両名に対し本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。

(訴訟費用の裁判――略)

理由

控訴趣意中事実誤認の論旨について。

しかし、原判決挙示の各関係証拠によれば、原判示各事実を認めることができるので、原判決に所論の如き事実誤認は存しない。尤も、原判決の援用せる証人の供述に対し、これと矛盾し又は相容れない原審及び当審における証人の証言部分が存することは所論指摘のとおりであるけれども、是等の各供述部分につき各証人の信用性やその証言の信憑性を対比し、且つその他記録中の関連証拠を参酌して検討しても、原審が認定に供した前記証言が虚偽又は虚構であると疑うべき合理的理由を見出すことはできない。したがつて原審が証拠の信憑性の判断を誤り、その認定が信用のおけない証言に基いて形成されたものと言うこともできない。かえつて原判決挙示の各証言とそれぞれ相反する所論引用の各証人の供述部分は措信し難いものであつて、原審がこれを認定の資料としなかつたのは当然のことであり、そこに採証法則の誤りは認められない。所論の多くは原審援用の証言又は反対証言の可信性若くはその証明力につき、独自の解釈又は批判を施し、すべて反対証言の信用性のみを強調するけれども、後記のとおりその見解には同調できない。なるほど、原判決挙示の証言のうちでも、個々の供述部分の微細な点をみれば、若干のものにはその明瞭性において必ずしも欠陥が全くないというわけではないが(同様のことは反対証言のうちにもみられる)、しかしそのような部分はいまだに各事実の認定に関連する供述の主要部分の信憑性(信用性)を阻害するに至らず、且つ供述全体又は他の関係証人の証言と相互に比照すると殆ど整合補正されるので、なんら判示認定の支障となるものではないことが認められる。以下各事実について個別的に検討することとする。

原判示第一の事実につき、

所論の被告人中島及び同原口は暴行や脅迫をしたことはなく、また脅迫等を他の組合員と共謀したこともないとの点について考察するに、原判決の挙示する関係証拠を総合すれば、被告人らが約二三百名の三鉱労組員(これらの者は原判示の如き服装に身を固め、なかには棒切れを携えた者もいた)と共に、原判示階段下に喚声をあげて殺到して会社作業員(宮崎昇外一五名)の通路を遮断したときには、共同した威力により右作業員の運転業務を阻止すべき意図を有したことを推認するに十分であり、且つ被告人らを含む右二三百名の者らの間には、互に共同して右の意図を実行しているという認識を現実に有していたことが十分認められるので、被告人らを含むこれらの者相互の間に、かかる意思の連絡がある限り、証拠上明らかな「降りてこい。叩き殺してやるぞ。棺桶を用意しているぞ。」等と怒号した者が被告人ら以外の者であつても、原判示の如き気勢を示して前記作業員の意思を制圧して作業を断念させたことにつき被告人らに共同正犯としての共謀の事実を肯認するに欠くるところはないと解すべきである。

原判示第二の事実につき、

所論は、被告人川畑が炊事場の屋根を越えて構内に侵入し、原判示小林らに向い「打殺すぞ。」と言つたことはない。被告人柳田は原判示運転室窓ガラスを旗竿で突破つたことはなく、右被告人及び被告人平田が松本大四郎に対して「打殺すぞ。」と言つたこともないというのである。

しかし、原審証人松本大四郎の供述記載によれば、同人は被告人川畑が炊事場の屋根に上つて、下の者に登つてこいと言つているのを認めており、同坂口岩雄の供述記載によれば、同人は被告人川畑が炊事場横の鉄条網の上に登り構内に飛び降りる直前の態勢にあつたことを見ており、更に前掲証人松本大四郎の供述記載によれば、同人は右被告人が右鉄条網をつたつて構内に降りたのを見ているので、これらの供述記載及び原判決挙示の写真(証第七号)によれば、裁告人川畑が炊事場の屋根を越え港駅構内に立入つたことが十分認められる。また原審証人小林多麻輝、同平山栄一の各供述記載によれば右被告人が小林らに向つて「打殺すぞ。」と怒号したことが認められ、原審証人小柳衛、同竹林勇次郎及び同広松信夫等の各供述記載中には右認定と相容れない部分がみられるが、該部分はいずれも措信するに足りない。

次に、原審証人小川敏雄、同坂口岩雄、同荒木俊光及び同松本牧次の各供述記載を総合すれば、被告人柳田が運転室東南角の窓ガラスを所携の旗竿で突き破つたことを認めるに十分であり、原審証人永井勝及び前掲松本大四郎の各供述記載によれば、被告人平田及び同柳田が右松本大四郎に対して「降りてこい。打殺すぞ。」とそれぞれ怒号した事実が認められる。原審証人森厳、同柳沢行富及び同広松信夫の各供述記載並びに当審証人梅花国盛の供述記載中には、右窓ガラスを破つたのはその後死亡した半田繁美の所為であるかの如く供述するけれども、前掲証言の各記載に照らすと措信し難い。すなわち、前掲各証人らは被告人らの行動に対面してこれに注目し殆ど直視し得べき態勢にあつたのに対し、反対証人らは、みな運動中の行動集団のうちにあつて自ら行動しており、他人がその相手に向つて執つた瞬間的動作を注視する態勢にあつたものではなく、且つ前掲証人らの最初の知覚が反対証人らに比して意識的又は無意識的に変改されたと認め得べき根拠もない。前掲各証言の全体を素直に理解するならば、前掲供述部分を何故に措信すべきでないかの合理的理由は見出せず、信憑性や信用性につき所論の分析を参酌しても、そこに経験則上の違背は認められない。

原判示第三の事実につき、

被告人平田は原判示スタツカー上部その他の損壊行為には全く関与しておらず、原判示の如き脅迫的なことを言つたこともなく、これらを他の者と共謀した事実もない。殊に右被告人が藤本正信らに対し、同人らの身体に如何なる危害をも加えかねまじい気勢を示したことはないとの点について検討するに、原審証人江口博人、同藤本正信、同西島孝志及び同猿渡守重の各供述記載を総合すると、同被告人らが原判示スタツカーにデモをかけた際、右デモ隊のなかから被告人を含む十数名の者だけがスタツカー上部によじ上り、一部の者は右上部に仮設してある警備員控所の板壁を打破り、他の者の一部は運転室の屋根に上つてこれを踏みならし、ある者は棒で側板を叩き、或は「打殺すぞ。」等と怒号し、被告人は右のうち三名と共に、運転室入口の扉を叩いたり蹴つたりして押し開け、室内に乱入し、そこに居た藤本正信らに対し、被告人は「下に降りろ、降りらんと責任は持たんぞ。」と申し向けたことが認められる。原審証人広松信夫(第二回)、同荒木敬介及び原審並びに当審証人森和敏の各供述記載中には右認定と相容れない部分が存するけれども、前掲各証言と比照するとき、右供述部分は措信するに足らない。しかして、右認定事実によれば、被告人が前記十数名の者と共同して前示所為に及んだものであること、並びに被告人の前示言動が運転室内外の切迫した状況と呼応し、藤本らの身体に如何なる危害をも加えかねまじき気勢を示すに足るものであつたことが十分に肯定し得られるのである。

原判示第四の事実につき、

被告人原口は小川タキ子の胸部を数回にわたり突いたことはなく同女の受傷は同被告人の暴行に因つて生じたものではないとの所論については原審証人小川タキ子及び同坂上玉代の供述記載によれば被告人原口は小川タキ子に対し「久保さんが殺されとつとを知つとつとかい。」「久保さんは殺されとつとぞ。」などと言いながら、右手で同女の胸を五、六回にわたり突いたことが十分認められ、右両証言、原審証人中島定次の供述記載及び同人作成の診断書の記載を総合すれば、右小川が原判示の如き傷害を受けるに至つたのは被告人が加えた前示暴行に因り、同女が背後の壁に取付けてある棚に撃突せしめられたためと、該撃突によつて右棚上の鍋や釜などの落下のためによつて生じたものであることが認められる。右認定と相容れない原審証人下田光雄の供述記載部分は前掲証人らの供述記載に比照するとき措信することはできない。

原判示第五の事実につき、

所論によると、被告両名は原判示所為に全く関与していない。すなわち被告人越智は第一現場たる石割場には居なかつたし、被告人林田は同所附近まで中川正と一緒であつたが、同所における判示犯行に加つてはいない。被告人越智は第二現場たる岡貞之方附近に居たが、同所における判示犯行に加つてはいないし、被告人林田は同所には全然行つていないというのである。

しかし、原審証人中川正(第一、二回)の供述記載によれば、昭和三五年六月一二日夜、中川正及び跡部正則の二人が入構すべく宮浦鉱裏門附近に近ずいていたところ、翌一三日午前一時に近い頃、当時ピケツトを張つて第二組合員の入構を警戒していた被告人ら第一組合員十数名に発見追跡され、右両名は国鉄アパートの方に逃げてかくれたが、間もなく中川は同所附近の草むらで見つかり、二人の者から捕えられた。そのうちの一人が被告人林田であつたこと。その際に被告人林田より名前をきかれたので、中川であることを告げたが被告人林田は「すらごとを言うな」と言つて信用しなかつた。しかし、すぐ追かけてきた数人の者のうちに中川において予ねて顔見知りの被告人越智を認めたので、同人に向つて頭を下げたが、同被告人は中川を見ながら黙つていたこと。それから被告人両名及び其の他の者ら七、八名は一団となつて、中川を連行して倉橋博美方前の石割場に至り、被告人林田及び同越智は交々「こやつは支部には連れて行くな」といい、同所で被告人らのうち誰かが中川に対し座るように命じ、同人がその場に座ろうとした途端、被告人林田外一名が両側から殆ど同時に中川に打ちかかり、引続きその他の者ら七、八名も加つて、殴りつけ、ある者は二尺位の棒で中川の頭、首、手、足などを殴り、更に、踏む、蹴る等の暴行を加えたが、被告人越智もこれらの者にまじつて中川の顔を三、四回殴りつけたこと、中川が苦痛に堪えかねて助けてくれと哀願したので一たん中止し、同人より前夜の脱柵箇所を尋ね、右個所に中川を連行する途中、道路上より中川が指示するところを三、四名の者において点検する間被告人らは中川を取巻いて岡貞之方附近の道路傍に立止つて待機していたところ、右脱柵箇所を調べに行つた者らが有刺鉄線の破損部分を認めて右中川のところに戻るや、被告人越智はいきなりその背後から中川の腰附近を蹴つたので、同人は道路わきの溝附近に倒れたところ、被告人林田その他の者らがふたたびこれを踏む蹴る等の暴行を加えたこと。そのあと中川は、ピケ小屋に使用されていた自転車小屋に連行されたこと。しかして、これらの暴行により右中川は原判示のような傷害を受けたことがいずれも明らかである。

以上の中川が捕えられてからピケ小屋に連行されるまでの一連の個々の出来事の経過及び経路において、所論の如く被告人両名が暴行の都度交互に居なくなり、その前後に現われるということはあまりにも偶然であり、殊に中川は被告人越智と予ねてからの知合であり同被告人から自分が直接且つ持続的に受けた再三の暴行を他の者と見誤る筈もなく、見誤つたと認め得べき事情も窺われず(夜間とはいえ関係個所では相当の、あるところでは十米位離れても人の顔が識別できる程度の明るさがあつた)、また被告人林田は最初に中川を捕えた者であつて中川の氏名を尋ね且つ、他の者以上に烈しく殴る蹴るなどの直接的暴行を加えたので、強く印象づけられ、中川において同被告人を他の者と見違えるようなこともなかつたことが推測される。右の如き接触の時間及びその態容を併せ考えると、中川証人の前記供述部分は措信するに足るものであつて、その信用性又は信憑性を否定すべき合理的な理由は見出すを得ないと同時に、右供述に基き原判示事実を認定した原判決に過誤は認められない。

ところで、原審証人原田民男、同上津原等、同鬼塚栄治、原審並びに当審証人永江秀晴及び当審証人松尾進の各供述記載中には右認定と矛盾する部分が少くないが、しかし前掲中川証人の供述記載と比照するとき、該部分は措信することができず、その余の部分は右認定を左右するに足りない。殊に、前掲上津原証人の供述記載中、中川を連行していた者のなかには被告人越智は居らず、四、五分遅れてきたというが、右被告人らが中川を石割場に連行する途中で、被告人越智と中川との接近の度合が前後又は左右に多少の離隔が生じたとしても、右被告人が連行中の一団から離脱した事実は認め難いので、右供述部分は措信できない。したがつて各供述部分を根拠として石割場における暴行の際には右被告人は居なかつたという所論は是認し難く、前掲証人原田及び永江の供述記載中被告人越智は石割場には居らず、更に岡方附近では西村春義以下特警隊員と思われる数名からなる別の一団が突如背後から、中川及び同人を連行中の右証人ら並びに被告人越智に対して見境いなく襲いかかつてきたという趣旨の供述部分は極めて不自然であり、前後の状況からみると、別の一団が突然に出て来たのではなく、前記被告人越智が中川を蹴つた際、同人が倒れたのを契機として、はじめから周囲に居た者らが中川を踏だり蹴つたりしたものと認められるので、右供述部分は措信できない。また前掲証人鬼塚栄治の供述記載によれば、石割場における前示暴行が終つたと推認できる頃(この点は関係証拠を併せ考えたとき)に、被告人林田がテニスコートの方から来て石割場の方へ単独で行くのを見かけたというのであるが、前示のとおり同被告人は中川を捕えたときから第二現場までは終始同人を連行する一団を離れていないことが窺われるので、右供述部分は措信できない。したがつて右供述を有力なる根拠の一つとして、被告人林田が石割場並びに岡方附近における暴行傷害の際には、その場にも居なかつた筈であるとする所論も採用できない。

原判示第六の事実につき、所論の被告人柳田が松本大四郎に詰問したのは僅かに二、三分間であり、小川敏雄や川西正に対してはいずれも原判示のようなことは言つておらず、右被告人の言動には相手を威迫するに足るものは何らなかつたとの点についてみるに、所論指摘の原審における右松本及び林田高義の証言は原審証人倉原秀也の証言及び検証の結果を参酌しても措信できないものとは認め難く、また前記川西の証言を検討しても、所論のように措信できない程不自然とは認められず、更に、前記小川の証言を原審証人上田誠の証言と対比して検討しても、小川証言の信用性を否定すべき合理的理由は見当らない。しかして、是らの各証言及び挙示の関係証拠によれば、原判示各事実が十分認められ、被告人の右言動は相手に対していずれも不安の念をいだかせるに足るものであつたことが認められるので、所論は到底容認し難い。

原判示第七の事実につき、

所論のうち、被告人川畑は同日午前一時頃から中座して現場に居なかつたし、「逃がすな」とか「逃げるから用心しろ」などと指示したこともなく、他面安部津喜雄はその意思や行動の自由を阻害されていたわけでもないから、被告人川畑において同人を監禁したものということはできないとの点について考察すると、原審証人安部津喜雄、同内野五六、同牟田口斉、同村井八須之及び同小柳秀実の各供述記載を総合すれば、被告人川畑他九名の職場交渉委員と荷役課長安部津喜雄の間で交渉に入るに先立ち、交渉委員の人数の点で押問答をしているうちに、貯炭事務所に詰掛けてきた組合員は漸次増加し、同日午後五時頃には既に五〇名を越え、成行きを見守つていたとき連絡のため右安部課長が退席しようとするや、被告人川畑は事務所内外に集つていた組合員らに向い「行かせるな」と指示し右組合員らはこれに呼応して事務所入口をスクラムを組んで固め、組合員の一人林郡七は安部の腕をつかんで前から抱きとめて、室内に押戻し、同日六時頃からは大勢の組合員が安部を取巻いて労働歌を高唱しながらぐるぐる廻り、組合員の有馬栄祐、川畑博文らは安部の机の周囲で、こもごも安部をののしり、他の組合員も廻りながら、口々に罵声をあびせる状態になり、翌二九日午前一時頃以降は安部において交渉の意思を全く失い、数回にわたり帰るといいながら右事務所から退出しようと試みたけれども、被告人川畑はその都度周囲の組合員に対して「逃がすな。」と指示し、数十名の組合員はこれに応じて安部の前に立塞り、或はスクラムを組むなどして安部の退出を阻止し、同日午前二時頃同人が洗面所に行く際にも、被告人川畑は附近の組合員に「逃げるかも知れんから用心しろ。」と指示し、右指示に応じた組合員らにおいて、洗面所の窓の外などから監視して脱出できないようにし、事務所内に戻るや、同人の周囲を取巻いて前同様のことを繰返して交渉開始を迫り、結局同日午前四時四〇分頃まで、終始右安部をして前記事務所から脱出するを不能ならしめたことが十分認められる。

原審証人有馬栄祐、同供利政弘、同林郡七、同川畑博文及び同西田成孝等の供述記載中には右認定と相容れない部分が存するけれども右証人らはいずれも安部の周囲を取巻いて前記の如く行動していた者らであつて、前掲各証人の供述記載と比照するとき、右部分の供述は措信するに足らず、殊に原審証人有馬、同供利、同川畑、同角経弘、同松藤、同柳沢行富等の供述記載及び当審証人松藤正義の供述記載中には被告人川畑が前記指示をなしたという時点には、事務室には居なかつたかの如き供述部分が存するが、該部分は措信できない。したがつて、是らの証人の供述を排斥し、前掲証人らの証言により原判示の如く認定したからというてなんら探証法則に違背するものということはできない。

原判示第八の事実につき、

被告人吉田が永島利秋や塚越誠を引張り出したという事実はないとの点についてみるに、原審証人塚越誠、同永島利秋、同大坪実及び同山下開の各供述記載によれば、会社側では従来のいきさつもあつて、代表には説明しても大衆の前では説明するなとの指示があつていたため、当日も体育館の小部屋で代表とのみ会う約束であつたのであるが、被告人吉田は主婦会員数名と共に小部屋に待機していた塚越誠に向い、集つた大衆の前で説明するよう求め、右塚越はこれを拒絶したのに、同被告人は執拗に大衆の面前での説明を迫り、押問答を繰返しているうち、体育館の武道場広間には既に主婦会員多数(約一三〇〇名位)が詰掛けていて、隣の小部屋との扉もいつのまにか開かれ、そこから主婦会員約百名位が小部屋の廊下にわたつて押掛けてけん騒をきわめるにいたり、かような状況の下において被告人吉田は、塚越らが右小部屋から出て大衆の前で説明することを拒絶したにも拘らず「出ろい」と言つて永島利秋の右腕を両手で掴んで引張り、後から主婦会員数名が押して、前記広間に引出し続いて同被告人は、廊下附近まで押出されていた塚越の右腕を掴んで引張り、右広間に引出したことが十分認められる。原審証人吉田アツ、同龍野芳子、同蒲原フジヱ及び同広瀬勝鮮の供述記載はいずれも右認定を動かすに足らず、右供述記載中には右認定と相容れない部分も見受けられるが該部分は措信するに足りないものであつて原審認定に審理不尽の過誤は存しない。

以上のとおりであり、判示各事実について記録を精査しても原判決には所論の如き事実誤認を発見することができず、論旨はすべて理由がない。

同控訴趣意中法令違反の論旨について。

一、弁護人の所論のうち、(イ)原判決が一方の証拠を措信し、他を何故に排斥したかの概括的論理を明らかにせずして、単に証拠の標目のみを挙示した点、並びに被告人柳田末雄の所論のうち、(ロ)原判決の理由中検察側の証人の証言のみが記載され、被告側の証人の証言を無視している点は、いずれも理由不備であるとの点について先ず考察する。

(イ)  刑事訴訟法第三三五条によれば、有罪判決における証拠説明は、罪となるべき事実の認定に援用せる証拠の標目を挙示すれば足るのであつて、本証たると反証たるとを問わず、証拠と事実との証明の論理関係、個々の証拠の証明力、信憑性又は信用性の存否若くは程度、これらの諸点及びその相互関係についての評価又は判断等を判決において個別的にはもちろん概括的にも説示する必要はない。所論は何ら法律上の根拠なき見解であつて、理由がない。

(ロ)  原判決が検察官提出の証拠のみを挙示したことを独自の理解に立つて非難するけれども、検察側提出の証拠によつて事実が認定される限り、右認定の根拠となつた検察側提出の証拠のみを挙げて、被告側提出の反対証拠を挙示しないのは当然なことである。のみならず、積極的証拠として挙示されたものが検察側提出の証拠であることは反面被告側提出の証拠のうち矛盾又は反対証拠を排斥していることを示すものである。しかして、その排斥又は排斥の理由を積極的に示す必要がないことは前述のとおりである。いうまでもなく、証拠調がなされ、証拠の排除がなされない限り、いずれの当事者から証拠が提出されようと、要証事実の存否(真偽)に関する心証形成に積極的又は消極的に取り入れられるものである。判決に反対証拠が挙示されなかつたからと言つて、反対証拠に対する判断がなされていないというわけではない。被告側提出の反対証拠を判断した結果認定を左右するに足らず、且つ、その判断理由を示す必要もないので、挙示されなかつたものである。この点の論旨も理由がない。

二、次に、所論のうち本件各行為(原判示第一、二、三、七及び八の所為)が労働者の団結権又は団体行動権の行使又は防衛、擁護に出でたもので許容さるべき正当な行為であるという論旨を検討する。

本件争議は三井鉱山株式会社が昭和三四年一二月一〇日三池鉱業所の鉱員約一、二〇〇名に対してなした指名解雇に端を初しこれに反対する三池炭鉱労働組合は、右解雇を撤回させることを目的として争議に入つたものであつて、その限りではもとより正当な目的を有する争議行為といわなければならない。しかも、右闘争中第二組合が結成され、会社は右組合員及び職員組合員を以て操業を開始するにいたり、被告人らの所属する三鉱労組の闘争の前途は予断を許さないような長期且つ困難な状況に追込れ、被告人らがいずれも右争議を勝ちとるために、真摯敢闘していたものであることは本件記録上容易に理解し得るところである。而して本件第一乃至第三、第七及び第八の事犯は労資間の不信感が漸次醸成され、争議が深刻化して来た時期において、三鉱労組が第二組合の勢力拡張を阻止しようとして激しい抗争を続ける一方、三川鉱の貯炭、送炭の枢要施設たるホツパー、之に連繋する港駅、スタツカー等の運転に関し会社側の動静を看視すべくピケ隊を派して会社従業員の立入を許さぬよう配置していた事態の下で生起したものであつて、激烈な闘争中には若干の行き過ぎはあり得ること、また労働組合の統制権によつて裏切行為等争議権に対する侵害を阻止することは組合の正当行為であつて、組合脱退者により結成された第二組合員に対し、暴行、脅迫の程度に達しない威力を用い、換言するとビケツテイングにより相手の自由意思を制圧するに足る威力を行使して、その就労の断念を求めることは、労働法的観点からして違法ということはできないことはいずれも明白な事理といわねばならない。しかしながら、後に説示するように前記各事犯においては明らかに常識の域を脱した暴力行為が行なわれ、或は大規模な大衆の威力を以て法の執行を事実上不可能ならしめるなど社会秩序を無視した行動に出たことが明白であり、従つて被告人らの原判示にみられる個々の本件行動は正常なる争議行為の枠を越え、わが憲法の保障する労働者の団結権、団体行動権、更にこれに基く労働法上許された正当行為(正当な説得行為等)の限界を逸脱したものであり、その実力行使はいずれも暴力というの外なく、その違法性は労働法上も正当化し得るものではないので、いずれも刑事責任を免れないものといわざるを得ない。すなわち、所論によると

原判示第一の所為を以て正当なる説得行為であるというのであるけれども、原判決挙示の関係証拠によれば、その威力行使の態容は裁判所の決定を蹂躪し、立入禁止区域内に殺到し、判示のごとく作業員を脅迫し畏怖させる行動に出て、相手の生命身体に対し直接に危険を感じさせるものであつて、これを目して説得行為ということはできない。かような行為は正当な争議権行使の個々の手段として許さるべき範囲を明らかに逸脱したものといわなければならない。

また原判示第二、三、七、八の各所為を以て、団体行動権の行使又はその防衛、擁護行為であつて違法性はないというのであるけれども、原判決挙示の関係証拠によれば、判示第二、三の各所為は立入禁止を無視し、或は退去の要求に肯せず、器物を損壊して施設内に乱入し、判示のごとき言動により相手を脅迫し、いずれも現実に相手の生命身体に対し直接に危険を感じさせるものであり、判示第七の所為は、荷役課長安部津喜雄において不当に団体交渉を拒否したのではなく交渉委員の人数についての事前になされた約束の存否をめぐつて意見が対立したが、被告人川畑らはこの一時的な意見の対立を解決しようとせず、一方的に自己の要求を押通すため相手を監禁したものであり、判示第八の所為は体育館広間に詰かけていた主婦会員一、三〇〇名の面前に会社係員を引出して賃金遅配等の理由を説明させようとしたのであるが、主婦会員に説明せしむることを以て労使間の賃金遅配に関する交渉であるとはいえないところ、かような説明をなさせるため拒否する相手の腕を掴んで引張り、大衆の前に無理に引出したものである。右のとおりであるから、以上の各行為はいずれも団体行動権の範囲を逸脱するものであり、到底正常な組合活動と認めることはできないことは前に説示したところから自ら明らかであろう。

なお、判示第二の被告人川畑の侵入行為はデモ隊を指揮するためのものであつて憲法第二八条により違法性はないと主張するけれども、関係証拠によれば同被告人が侵入して脅迫した一連の行為のうち侵入は脅迫の手段であつて、脅迫するために侵入したとしか認められないので、右主張は理由がない。また判示第七の所為は団体行動権の侵害に対する正当防衛行為であると主張するけれども、関係証拠によれば、そこに団体交渉権が急迫不正に侵害されていたと認むべき事実は存しないので、右主張も理由がない。

したがつて、団体行動権を基礎とする違法性欠缺の論旨はすべて理由がない。

三、所論のうち原判示第一、二、四、六の各所為につき刑法(又は暴力行為等処罰に関する法律)の適用を誤つているとの論旨について考察しても、原判決には所論の如き過誤は認められない。すなわち、

原判示第一、二の各事実のうち、被告人らがそれぞれ発した原判示の如き言葉を当時の各状況に照し、いずれも脅迫と解するのが相当であるか否かについて考えてみるに、原判決挙示の各関係証拠によれば、被告人ら各自の判示の怒号はいずれも殺気立つたその場の情勢と呼応し、作業員にその生命身体に対する危険を現実に感じせしめるものであつたことが認められ、いずれも脅迫にあたることは明らかである。しかして、判示第一の場合は、その恐怖のため作業員は運転業務の遂行を断念して、その場を引揚げざるを得なかつたことが認められ、脅迫というべき程度にあるは勿論、その勢力は人の意思を制圧するに十分のものであるから刑法第二三四条の威力を用いて業務を妨害した場合にあたると解するのが相当であり、また判示第二の場合は多衆を背景にその威力を示すと同時に、数人共同して脅迫したものであるから暴力行為等処罰に関する法律第一条を適用したことに何等の不当も認められない。

次に判示第四の一につき、被告人原口は「故ナク」立入つたものではなく、そうでないとしても六倉カズ子は同被告人の立入行為に対し黙示的承諾を与えていたし、同二の行為は、被告人原口において傷害の結果につき因果関係の予見を有しなかつた。更に被告人原口には右一及び二以外の行為を期待することはできない事情にあつたとの点について考察するに、右一の被告人の所為において六倉カズ子に所論の如き焼香の義務はなく被告人に六倉をして焼香させる権利もない。のみならず、被告人の侵入行為を目して社会的相当行為といい得ないことは明らかであり、右侵入になんら正当な事由がないことは明白である。また原判決の挙示する関係証拠によれば、被告人の右侵入行為につき六倉において黙示的承諾を与えたと認め得べき事実は何も存しない。また右二の被告人の所為については、傷害罪は暴行がなされ、その結果傷害が生じれば成立するのであつて、暴行と傷害の間の因果関係につき具体的な予見が存しなければならないものではないから、所論は失当である。

なお、右一、二の所為を通じ、各行為における諸般の事情をすべて考慮しても、被告人原口に右行為以外の適法行為の期待可能性が存しなかつたと認めうるものはない。

原判示第六の所為につき、証人威迫罪は真実の知識を有せず虚偽の供述をなした者に対するときは、その成立はなく、また無実である被告人柳田が、これに反する供述をなした者らに対し、本件程度の懇請ないし訴えを告げることは諸般の事情に照し正当な行為であり、そうでないとしても期待可能性がないとの所論について考えてみるに、本罪は捜査権又は裁判権が現実に侵害されたことを成立要件とするものではなく、一般に証人等の供述が真実であるためには、威迫等の影響なくして、自由にこれらの者が真実とするところを供述させることが必要なる前提条件であるから、その供述内容の真偽そのものとは一応関係なく、これらの者に対する威迫等の所為を禁止したものと解するのが相当である。およそ刑事司法作用に必要な知識を有する者に対し威迫行為がなされると、これらの者の捜査又は審判における供述に影響するおそれがあり、その危険を排除するためには、供述後の供述内容の客観的価値(真偽)とは関係なく事前の威迫行為を阻止しなければならない。そのことは供述前は当然に、また一たん供述しても再度の供述が予想される限り供述後も起り得べき再供述のために威迫行為を阻止する必要は依然去るものではない。したがつて、本罪は証人等の供述の真偽にかかわらず、又は供述がなされた後においても成立するものと謂うべきであつて、所論の前提は失当である。

次に、本件の成立は当該被告事件の成否によつて左右されるものではないのみならず、先きに説示せるとおり被告人柳田が判示窓ガラスを割つたことは認められるので、同被告人を無実ということもできない。したがつて右被告人の本件威迫行為を以て正当行為として違法性を阻却するものとは認められず、また別の行為の期待可能性がないものとして責任を阻却するものということもできない。

なお、本罪は反社会集団のいわゆるお礼参りの処罰を本旨とし、労働争議から派生した刑事事件に関するものに、これを適用することは重大なる過誤であると主張するが、仮に本罪立法の契機がそうであつても、本件事案につき本罪を適用することにはなんらの過誤もない。

以上詳説したとおり原判決の法律の適用についてこれを違法とすべき事由を見出すことはできないから、論旨はすべて理由がない。

同控訴趣意中量刑不当の論旨について。

本件記録及び原審において取り調べた証拠に現われた諸般の情況に徴すれば、被告人吉田義勝、同中島知博、同原口豊、同川畑昭二路、同平田勝及び同柳田末雄に関する限り同被告人ら各自の年齢、境遇及び犯罪の態様等に鑑みるときは、所論の被告人らに利益な諸事情を参酌しても、原判決の同被告人らに対する刑の量定を不当とすべき事由を発見することはできず、同被告人らに関しては論旨は理由がない。

しかし、被告人越智完司及び同林田勝文に対する関係では、当審における事実取調の結果をも併せて参酌するに、その犯行は争議中に脱落し結成された第二組合に対する第一組合の烈しい対立感情と第二組合の就労を阻止しようとする異常な雰囲気のうちに発生したものであるが、右の対立感情は当時における被告人ら個人の行動一般の背後にあつて影響することは大きく、殊に集団的環境におかれると一時的に甚だしく粗暴な心理状態に陥る傾向にあつたことは否定し難く、平素の同被告人ら個人の性格は必ずしも本件犯行の態様にみられる程粗暴な性格であるとは認められないこと。被害者中川の傷害の程度は決して軽いものではないが、本件犯行が被告人ら数人の共同暴行にかかるものであり、被告人らが共同正犯の責任を免れないとはいえ、右傷害の全部が被告人両名のみの打撃によるものであるとはいえないこと。被告人両名の家庭はいずれも幼児を抱えその家計は被告人らによつてそれぞれ支えられていること。(被告人越智においては同被告人のみの稼働により、被告人林田においても大部分が同被告人の稼働にかかつている。)その他諸般の事情を考慮すると、被告人両名に実刑を科する必要はなく、この点において原判決の科刑は重きに失し相当でないので、破棄を免れず論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九六条に則り右被告人両名を除く爾余の被告人らの本件控訴を棄却し、同法第三九七条第一項により原判決中右被告人両名の関係部分を破棄し同法第四〇〇条但書により更に判決する。

原判決の確定した原判示右被告人両名の各所為は各刑法第二〇四条第六〇条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するところ、いずれも懲役刑を選択し、なお被告人越智には原判示のとおりの前科があるから刑法第四五条後段第五〇条により未だ裁判を経ない判示所為につき処断することとし、その所定刑期範囲内で被告両名を各懲役八月に処し、前示情状に照し刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二五条第一項に則り本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。

なお、被告人川畑、同平田及び同柳田に関する当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項、第一八二条(一部につき)に則り、被告人越智及び同林田に関する原審及び当審における訴訟費用は同法第一八一条に則り、いずれも主文第四項のとおり関係各被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 臼杵勉 平田勝雅)

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